社内向けITサービスのマネジメントをプラットフォームで支援するー「KRaFT」誕生の裏側と、若手が育つチームの秘訣
2019年、パーソルグループ内のITサービスマネジメント高度化を支援するためのプラットフォームとしてリリースされた「KRaFT(クラフト)」。
“ITサービスマネジメント高度化を支援するためのプラットフォーム”という構想は、どのようにして生まれたのか?
グループIT本部初となるアジャイルを採用したチーム、そして、プロダクトには、どのような苦労があったのか。
今回は、KRaFTの企画・開発を主導しながら、POを務める上田をはじめ、開発・運用を担当する前田、西川、山藤に話を聞きました。
- ITサービスマネジメントプラットフォーム「KRaFT」概要
- ITサービスマネジメントの高度化を実現するべく誕生した、社内向けプラットフォーム。
Atlassian社やMicrosoft社が提供するSaaSと、スクラッチ開発システムを連携し組み合わせた独自のプロダクト(ソリューションパッケージ)として社内サービス化。
これにより監査などに対応したデータ管理、集計・分析を支援するレポート作成機能、チームのタスク管理、公開ナレッジとチーム内ナレッジの管理機能、あらゆる情報を管理する汎用的な台帳(カスタムデータベース)機能、サービスを可視化するためのサービスカタログ管理機能といったITサービスマネジメント従事者の業務支援を可能にしている。
KRaFTという名称は、「Sharing Knowlodge(知識の共有)」、「Request&Response(要求と応答)」、「augment meaning(意味の拡張)」、「Request Fullfillment(要求実現)」、「Ticket management(チケット管理)」の頭文字を取って名付けられ、クラフト紙のようなぬくもりを大切にするプロダクトにしたいという願いが込められている。
限られた人員で、効率的にITサービスをマネジメントしていくために見出したプラットフォーム構想
―KRaFTリリース以前、ITサービスマネジメントにはどのような問題点があったのでしょうか。
まず、パーソルホールディングスが社内サービスとして提供するITサービスには、グループ全社員が利用するIT環境と、グループ会社のテクノロジー部門が利用するIT環境という2つの側面があります。
グループ全社員が利用するIT環境としては、各オフィスの社内環境へ接続するためのネットワークやインターネット接続環境をはじめとする業務利用のあらゆるツールが、グループ会社のテクノロジー部門が利用するIT環境としては、オンプレミスのデータセンターをはじめとする共通のITインフラが対象になります。
KRaFTリリース以前の2017年当時、非常に限られた人員でこれらのサービスを提供していたため、一人の担当者が広範囲に渡って複数のサービスをマネジメントするという状態でした。その結果、サービスを提供する上でさまざまな問題が生じていたのです。(上田)
―ITサービスが多いと、サービスごとに問題を解消するのはパワーがかかりそうですね。
その通りです。そこでITサービスごとに改善するのではなく、ボトルネックとなる共通の問題点を発見し、根本的なサービス改善を行うことができる一手を見つけようということになりました。
そのため、各サービスに寄せられるリクエスト*内容から調査しようと着手したところ、すべてのサービスで横断的に発生している問題点がありました。
それは広範囲のサービスを管掌するあまりに、サービスをマネジメントする立場の全員が、自身が管轄しているサービスのリクエスト状況や進捗などを把握すること自体が難しいということ、また、あらゆるチャネルからサービスマネジメント担当者個人にリクエストが送られているということでした。
加えてサービス体系が整備しきれていないため、全社員からの問い合わせを受け付けるグループサービスデスクのリクエスト管理データも正しく整理できていないような状態でした。(上田)
*リクエスト:ここでは各ITサービスに利用者である社員が行ったITサービスに対する問い合わせなどの要求を総称した呼称。
―そのような状況を改善するために、どのようなアクションを行ったのでしょうか。
まず、各ITサービスのリーダー陣と組織を跨いだ横断的なメンバーでディスカッションの上、各ITサービスの実態調査を行いました。その結果、ITサービスのリクエスト総数は月間約10,000件を超えていること、加えてITサービスの問い合わせ窓口が分からずに、担当者個人宛に届いたリクエスト総数は月間約1,000件を超えているということも分かったんです。これほどまでのリクエスト総数となれば、ITサービス管理者が簡単に管理できない状態であることは明白ですよね。
この状態を打破するため、リクエスト内容から各ITサービスの問題点のボリュームゾーンを特定していったのです。
その結果、サービス体系などを整備して分かりやすく公開し、かつ、リクエストとサービスを紐づけて集計を簡単にできるようなリクエスト管理プラットフォームであることに加え、利用者となる社員自身が問題点を解決できる環境を整備できると、利用者にとっても、ITサービス管理者にとっても、体験良化が実現できるのではという仮説が成り立ちました。(上田)
―パッケージ化された既存のサービスを導入し、課題解決を行う選択肢もあったかと思いますが、自分たちで開発するという結論に至ったのはなぜでしょうか。
もちろん、既製品パッケージも導入しています。ただし、つくりたかったのは課題解決するためのソリューションであり、既製品を導入すればすべて解決できるような便利なものはそう簡単にはありません。
できるだけ省力化する目的で既製品も積極的に活用しつつ、どうしても解決できない部分はスクラッチでつくることもあわせて、ソリューションパッケージとして独自プロダクトとして銘打ち、社内サービス化していくことを決めました。(上田)
インフラ初のアジャイル開発案件 尽きない苦労と乗り越えた術
―構想をKRaFTという形で実装するにあたり、達成しようとしていた点を教えてください。
ビジネス側の要求に直結するさまざまな管理の最適化することで、3つの点を達成できると考えていました。
それはスピード、クオリティ、コストの3点です。
リクエストに対応にかかる人的コストや時間的コストを削減できることはもちろん、情報を一元管理することでリクエストを迅速に処理できる環境を構築できるため、スピード感も担保できます。
また、IT管理者による問題解決だけでなく、利用者となる社員自身が蓄積されたナレッジから解決策を見出すことができれば、ビジネス面でのメリットも大きくなるのではないでしょうか。
また、ITサービス管理者側のメリットも大きいです。
KRaFT上でITサービスをマネジメントできれば、対応が属人化されず、リクエスト対応のクオリティを組織で保ちながらITサービスマネジメントを実現することが可能です。(上田)
―開発にあたり、KRaFTチームは、アジャイルのパイロットチームだったと伺いました。
はい。今でこそ特定のチームに限らず、パーソルホールディングスのテクノロジー組織にアジャイルマインドが定着してきていますが、KRaFTチームはその先駆けでした。
フレームワークとしてはスクラムを使っていますが、そこにこだわりがあるのではなく、アジリティを高めるために、小さく動くものをつくり展開し、ユーザーフィードバックループによって改善サイクルを早くまわすような動きを大切にしています。(上田)
―パイロットチームならではの苦労もあったのでしょうか?
私はKRaFTリリース直後に開発チームにジョインしたのですが、その頃のチームの雰囲気は正直よいものではありませんでした。POである上田さんと、開発チームの間に大きな壁があるように感じたんです。
ITサービス管理者はもちろん、利用者となる社員にも価値があるプロダクトであることはチームの誰もが理解していました。「もっとユーザーに価値を提供できるようなサービスにしたい」という点は共通しているにも関わらず、チームメンバーの立場に応じてコミュニケーションをとる相手が異なっており、それぞれの目線から異なる課題が見えていたため、開発すべき機能の優先順位が定まらなかったんですよね。(前田)
―どのようにしてKRaFTチームの目線を揃えていったのでしょうか?
アジャイル開発におけるプラクティスのひとつであるインセプションデッキを活用し、ビジョンやゴールを言語化しました。
その結果、”自組織のサービスマネジメントプロセスを継続的なエンジニアリングにより最適化し、自組織が提供するさまざまなサービスを通じた従業員体験をデザインすることにチャレンジする”という存在意義を導き出すことができたんです。(前田)
存在意義とともに、具体的に何をするのかということも明確にしていきました。
リクエストが透明性高く管理できて、タイムリーに業務課題についてコミュニケーションできるプラットフォームを目指すという点はもちろんですが、利用する社員が情報にたどり着きやすいという安心感だったり、各ITサービス管理者がサービス改善を行いやすい機能が備わったプラットフォームにしていきたいなと。
インセプションデッキを活用しながら言語化していく過程で、KRaFTは自分たちが作り上げていくプロダクトであるという意識を改めて持つことができたんですよね。だからこそ、KRaFTを進化させていくことにより前向きになれたのかもしれません。(上田)
社内にアーリーアダプターを見つけ、プロダクトをともに育てる
―チーム運営以外に、KRaFTリリース後の課題はあったのでしょうか?
KRaFTを利用することで、コスト面やスピード面、クオリティ面にメリットがあるのは自信を持っていました。しかし、それぞれのITサービスは異なるチームで管理されており、ITサービス管理者目線ではKRaFTの仕様に合わせて業務を再設計する必要はどうしても生じてしまいます。
それを承知で活用してもらうために、KRaFTの目的や、利用によって期待される効果を丁寧に説明する必要がありました。(上田)
―上田さんの丁寧な説明の甲斐あって、リリース直後に利用が増えていったそうですね。
アーリーアダプターになってくれるIT担当者もいました。
そのような方は現在も積極的にKRaFTを利用してくださっているので、私の方でインタビューを行い、活用方法を詳しく伺っています。
KRaFTを活用いただいている皆さんからは、「KRaFTを使ったからこそ、今の運用が実現した」といった声を多くいただきます。KRaFTに集約されたデータをもとにした運用改善活動や、柔軟なカスタマイズ性を活かして各チームにあった申請フォームを作成するなど、KRaFTの特性を活かして利用いただいていることを実感しています。(山藤)
学びの歩みを止めず、KRaFTをよりよいプロダクトへ
―KRaFTチームの皆さんは、若い方が多い印象です。メンバーのスキル向上や育成の工夫はありますか?
チーム内は、新卒でパーソルホールディングスに入社したメンバーも多いです。新しいメンバーにも積極的に発言してもらっています。(上田)
KRaFTの場合、複数のSaaSとスクラッチ開発システムと連携し組み合わせた独自のプロダクトとして社内サービス化しているので、使っている技術スタックもバラバラでスキルセットを揃えていくのが難しいんです。
しかし、KRaFTの機能拡張に関連しそうな技術を先んじて私が学び、それをチームメンバーに共有することでチームのスキルセットの底上げに貢献したいと考えるようになりました。それが自分の個性の発揮にも、KRaFTの価値向上にもつながると思っています。(西川)
―では、最後に、KRaFTが目指す未来を教えてください。
我々の活動に終わりはないと思っています。利用者にとって価値のあるサービスエンハンスをしつつ、あらたな体験を生みだすアイディアは常に考えています。(上田)
これからは私が上田さんから引き継ぎ、POの立場でKRaFTをけん引していくことになります。
現在は引き続きITサービスにおけるリクエストにアプローチし、さらなる改善をはかっている段階です。将来的には、ITサービスに関わらず、人事や総務など幅広い部署でのリクエストやサービス管理に貢献できるプラットフォームにしたいと考えています。(前田)
―KRaFTがさらに多くのITサービスを進化させ、新しいはたらき方実現のきっかけになるかもしれませんね。
取材・文=ファーストブリッジ 土屋明子
(2023年6月時点の情報です。)
- 上田大樹 Hiroki Ueda(写真左)
- パーソルホールディングス株式会社
グループIT本部 IT企画部
サービス統括室 - 移動体通事業の店舗運営/営業7年、ITインフラエンジニア5年、ITサービスマネジメント領域のコンサルティング、セミナー講師3年などの経験を経て、パーソルホールディングスへ入社。入社後は、PC、拠点ネットワーク、TV・Web会議、電話などのサービスマネージャ業務に従事したのち、アジャイルパイロットチームとしてKRaFTサービスの企画、開発チームを立ち上げ。
- 前田晃希 Koki Maeda(写真右)
- パーソルホールディングス株式会社
グループIT本部 IT企画部
サービス統括室 - 2017年、パーソルホールディングスへ新卒入社。ガバナンス部門でIT投資に関する審議会の運用を経験。KRaFTサービスのリリース直前の2020年5月にチームに参画。開発メンバーとしてリリースから運用までを経験し、現在は主にパーソルグループ各社とのコミュニケーション・導入推進を担当している。
- 西川滉一Koichi Nishikawa(写真左から2番目)
- パーソルホールディングス株式会社
グループIT本部 IT企画部
サービス統括室 - 2020年、パーソルホールディングスへ新卒入社し、現チームに参画。
KRaFTの展開や機能エンハンスを経験し、現在はITサービス担当者とのコミュニケーションを基にKRaFTの改善活動を行っている。
- 山藤優花Yuka Sando(写真右から2番目)
- パーソルホールディングス株式会社
グループIT本部 IT企画部
サービス統括室 - 2022年、パーソルホールディングスへ新卒入社し、現チームに参画。
KRaFTの活用事例記事を作成し、社内向けにインタビュー記事の発信を行う施策を担当した。また、開発メンバーとしてKRaFTの機能エンハンスにも携わっている。