【後編】パーソルテンプスタッフが推進するテクノロジー活用―多様な仕組みでIT人材不足解消を目指して
今回は、人材派遣・アウトソーシング事業を手掛けるパーソルテンプスタッフのテクノロジー本部・本部長、原田へのインタビュー第2弾。
同社におけるテクノロジー活用の具体的な取り組みや、パーソルホールディングスとの技術連携などについて詳しく聞きました。
【前編】はこちら→テクノロジー活用によって、仕事はもっと自由に楽しくなる―パーソルテンプスタッフが目指す理想の社会とは
“リアルな会話”が多い人材派遣事業。テクノロジー活用で解決できること
―前半は、パーソルテンプスタッフのビジネスの主眼である人材派遣事業のテクノロジー活用においてお伺いします。はじめに、テクノロジー活用における、事業特性があれば教えてください。
人と話す時間が長いことは、人材業界に共通する特徴です。
中でも人材派遣事業は、就業先が決定した派遣就業期間中も、営業担当者と派遣スタッフが継続的なコミュニケーションを取るという特徴があります。電話でのリアルな会話を中心にビジネスが展開していくので、コミュニケーションにテクノロジーを活用するハードルは高いと言えるでしょう。
派遣就業先でのポジティブな出来事のみならず、ネガティブな出来事も営業担当者にはダイレクトに入ってきます。やりがいは大きいのですが、受け止める営業担当者は精神的なエネルギーを要するため、心が疲れてしまうことも少なくありません。
機械的に処理できない、感情に対処しなければいけない場面にテクノロジーを活用することができれば、精神的なエネルギーを過度に消耗することなく仕事を行う時間を増やすことができる。そこに、人材派遣事業におけるテクノロジー活用のチャンスがあると捉えています。
―人材派遣事業における”テクノロジー活用のチャンス”を活かすことによって、どのような経営戦略上のメリットがあるとお考えでしょうか?
テクノロジー活用によって、派遣スタッフの「フォロー」にも力点を置けるようになりつつあります。
これまで新規登録いただいた派遣スタッフの方には、仕事を紹介する工程にフルパワーをかけ、仕事が始まった方へのフォローの優先順位が下がってしまうという課題がありました。仕事が始まってすぐの派遣スタッフが不安なタイミングで、「困っていることはないですか?」とフォローすることが思い通りにできずにいたんです。不安の芽を解消できない結果、派遣スタッフが離職してしまうという問題に繋がっていました。
仕事の紹介部分に重きを置いていた理由として、パーソルテンプスタッフ目線では、営業成果が数字としてわかりやすいという点があります。また、派遣スタッフが離職する理由には、派遣企業側の事情を含む複合的な理由があるため、改善テーマとして設定しにくかったということもあります。
売上に与えるインパクトは、派遣スタッフに新たな就業が決定することと、契約が1度更新されることに差はありません。しかしこれまでは、仕事紹介にビジネス指標の重きを置いていました。
本来、私たち派遣事業者は、クライアント企業の価値を高められるように派遣スタッフをサポートすることに存在意義があるはずです。今後は経営戦略上も派遣契約の継続性に重きを置きながら、企業や派遣スタッフのフォローを優先していきたいです。
―派遣スタッフのフォローにテクノロジーを活用するにあたり、現在進めている取り組みがあれば教えてください。
まず、これまで「人」対「人」のコミュニケーションでやりとりされていた情報を、「感情への配慮が重要なため人が直接コミュニケーションすべきこと」「情報のやり取りができればいいため、必ずしも人による直接のコミュニケーションが必要ではないもの」という2つに分けました。
後者の場合、オンライン上で必要最低限のやり取りできる仕組みがあれば問題ないという発想のもと、開発されたのが「T-PLA」と「テンプアプリ」です。
たとえば以前は、クライアント企業が派遣スタッフの契約期間や派遣料金を確認する際はわざわざ担当営業に電話して聞いていました。そこで立ち上げたのが、クライアント企業向けのプラットフォーム「T-PLA」です。企業が欲しい情報をプラットフォーム上で簡単に入手できる環境を整え、コミュニケーションの負荷を軽減しました。
派遣スタッフ向けのアプリ「テンプアプリ」では、就業初日にチャットツールから「職場はどうでしたか?」と投げかけ、派遣スタッフが自分の感情やコンディションをスタンプで簡単に伝えられる機能を設けました。
営業担当者にわざわざ言うほどでもない、または直接言いにくいような小さな不安な気持ちを、気軽にスタンプで表現してもらう。それを見た営業担当者が早い段階でフォローすることで、意図しない派遣スタッフの早期離職を減らそうという狙いがあります。
今後の計画のアウトラインとしては、今の機能をさらに発展させ、オンライン上で完結するのか、直接コミュニケーションが必要かといった判断そのものを、AIが行う仕組みを検討しています。
また、クライアント企業が担当営業に直接言いにくい問題点やリクエストを、プラットフォーム上で伝えられる機能も検討しています。
IT人材を獲得・育成するための組織と仕組み。ポイントは”社風マッチング”と”ジョブローテーション”
―テクノロジー活用を推進するにあたって、重要となるIT人材の確保。パーソルテンプスタッフでは、どのようにしてIT人材を獲得・育成していく予定なのでしょうか。
パーソルテンプスタッフとしては、テクノロジー組織への配属を前提とした新卒採用に加え、IT人材の経験者採用、さらには事業部からテクノロジー組織への異動も行っていく予定です。
中計で掲げた3カ年目標である、「当社のビジネスを理解し、かつテクノロジーを活用してアイデアを生み出していける人材を増やす」、まさにBITAの思想のど真ん中に近い考えを達成するためには、IT人材は不可欠です。
ある程度時間をかけてでも、テクノロジー組織の生産力を上げるために、IT人材の育成は必須だと考えています。
―中でも経験者採用は、試行錯誤を繰り返しながら継続していると伺いました。経験者採用において、重視しているポイントを教えてください。
以前は、テクノロジーに関わる業務の経験年数や、担当したプロジェクトの規模を重視していました。しかし、経験をもとに選考を行うスキルマッチングでは、こちらが理想とする人材に巡り合えないばかりか、早期離職も非常に多かったんです。
そのため、現在はスキルマッチングの重要度を下げ、社風マッチングに重きを置いています。
―社風マッチングを重視した採用の結果はいかがでしたか?
大手Sler出身や金融系のシステム部門出身など、経験者採用人材のバックグラウンドはさまざまです。当社に入社して、自分のやっていることが事業のためになる喜びは、みなさん共通して体感してくれていると思います。
面接で重視して聞いているのは、仕事のやりがいです。ある面接で、長年Slerにいた方に「どんな仕事を探していますか?」と尋ねると、「社会課題を本気で解消したいと思っている会社に行きたい」とおっしゃったんです。「ぜひうちに来てください」となりましたね。その方は、今、部長として大活躍しています。社会の役に立つことがモチベーションになる方は、当社と波長が合うと思います。
本気でビジネスを高めていきたいという意欲がある方。また、当社は「人」との接点が多い派遣事業を行っているので、ホスピタリティが高い方を採用しています。
―では、「事業部からテクノロジー組織への異動」とは、どのような施策なのでしょうか?
テクノロジー組織と事業部間の人材のジョブローテーション施策を指します。
事業における知見がある社員はテクノロジー組織への異動を、テクノロジー活用における知見がある社員は事業部への異動を行い、会社のテクノロジー活用を推進していく施策です。
この施策は、会社のテクノロジー活用推進を加速させることはもちろん、社員のリスキリング※1という観点でも有益だと考えました。
初回となるジョブローテーションは2022年4月に実施。2023年4月には2回目となるジョブローテーションを実施し、これまでに35人が異動を経験、徐々に独り立ちし始めています。
※1リスキリング:現在とは異なる職務や新たな分野のスキルを獲得すること
―事業部からテクノロジー組織へ異動した社員の反応はいかがでしたか?
未経験となるテクノロジー組織への異動に、最初はみんな不安を感じている様子でした。社員の不安は十分に予測できましたので、メンタル面のケアにもっとも力を入れました。外部のコーチングのサポートをつけ、定期的に面談をセッティング。面談でケアが必要と判断された場合は、その社員のライン組織に報告して、コミュニケーションしてもらう方法をとりました。
異動から半年ほど経つと、社員の受け止め方もかなり変わってきました。テクノロジーに関わる仕事はこれから重要になるという認識を持ってくれているので、「新しい経験として、テクノロジー組織で頑張ってみてもいいかも」「これはチャンスかもしれない」と感じてくれる社員が増えていきましたね。
積極的な若手登用により、次世代リーダーの育成へ
―IT人材だけでなく、リーダー人材育成も急務だと聞きました。次世代リーダー育成における現在の状況を教えてください。
当社はこれまで、リーダーの任用には慎重な面がありました。しかし、リーダー人材の創出には、若手を抜擢して「どんどんやらせた方が早く育つ」という考え方が必要だと考えています。
最近、テクノロジー組織の中でも、躊躇なく「やってみます」と手を挙げてくれる若手が増えてきました。そういった意欲ある人はどんどん抜擢し、意思決定の中枢に行ってほしいです。
―リーダー人材となるには、どのような心構えが必要でしょうか?
リーダー人材を育成するうえで意識しているのは、「自分で決めてもらう」ことです。特に経験の浅い若手社員は、すぐ人に聞いてしまう。だから私の口癖は、「好きに決めていいよ」なんです。危なくなったらサポートしますが、安全圏内であれば自分で決めてもらう。それが成長には欠かせないと思いますね。
一度、自分で思い切って決めたら、それが楽しさにつながっていきます。決めることの楽しさを知ると、信じられないくらいよいアイデアをどんどん出してくれるんです。それが社員のモチベーションにもなって、リーダー人材の育成に繋がっていくと考えています。
能力も意欲もある社員にどんどんポジションを提供しながら、次世代リーダー育成にも注力していきたいです。
テクノロジー活用推進を加速させるための”技術支援”
―パーソルテンプスタッフでのIT人材獲得・育成の施策のみならず、パーソルグループの強みを生かし、パーソルホールディングスによる技術支援が開始されたと聞きました。このような技術支援が開始された背景を教えてください。
今後のテクノロジー活用を検討していくにあたり、自社でIT人材を育成していくにはやや時間を要します。そのため、「実業務を手伝うというより、目下のIT人材不足をどのように解消するか、その点についてバックアップしてほしい」とパーソルホールディングスには伝えてありました。
こういった背景を踏まえ、2023年5月に発表された中期経営計画におけるテクノロジー活用の取り組みとして、CoE(Center of Excellence)※2組織が設置されました。
パーソルホールディングスで採用したIT人材はCoE組織を拠点として、グループ各個社に技術支援を行う。これによって、グループ各個社は直近のIT人材不足の解消だけではなく、技術派遣を行うIT人材による知見やノウハウの共有を受けることもできます。さらに機が熟してくれば、CoE組織がハブとなって、よい事例やノウハウがグループ全体に循環していくという構想を描いています。
※2 CoE(Center of Excellence): 組織横断的な取り組みを進めるために、優秀な人材やノウハウを1つの拠点に集約して組織化すること
第一弾として、2023年4月からパーソルテンプスタッフへのIT人材の技術支援が始まりました。
当初は、パーソルホールディングスと積極的な技術連携をすることを不安視する声もありました。しかし今、ものすごい勢いでIT人材不足が解消しているほか、不足していた技術への知見も補われ始めていることから、不安に思っていた各部署のリーダーも、「もっと人を増やせますか?」という反応に変わってきています。
今後、施策がグループ各社に展開され、グループ全体のテクノロジー活用に繋がることを期待しています。
取材・文=ファーストブリッジ 宮本智美
(2023年7月時点の情報です。)
- 原田耕太郎Kotaro Harada
- パーソルテンプスタッフ株式会社
テクノロジー本部 本部長 - 2000年IoTベンダーに新卒入社。SEとして通信会社の基幹システムに従事。2006年コンサルティングファームに入社。ITコンサルとしてIT機器メーカーの基幹システムに従事。2012年インテリジェンス(現:パーソルキャリア)に入社。「an」を運営する事業のBITA部・部長に着任。その後、事業管理部門の統括部長職を経て、2016年より現職。また、CIOとしてテクノロジー組織強化の陣頭指揮を執る。