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会社支給スマートフォンがない1万人にも生体認証を——前例なき本人確認の壁を、内製で越えたグループ標準PC生体認証プロジェクト

「パスワードを忘れた」「毎回打ち込むのが面倒」。多くの人が当たり前に受け入れてきたこうした不便さを、パーソルグループは生体認証で解消しようとしています。対象となるのは標準PCを使う社員約3万5千人。そのうち、1万人は本人確認に利用できる会社支給のスマートフォンを持っていませんでした。

パーソルホールディングスのデバイス企画室で、このプロジェクトに携わった鎌田は、この難題をどう乗り越えたのでしょうか。既存の解決策では対応できない課題に立ち向かい、周囲を巻き込みながら仕組み化を推進した過程を振り返ってもらいました。

なぜ標準PCに生体認証が必要だったのか。導入に込めた狙い

はじめに、鎌田さんの普段の業務を教えてください。

パーソルグループ標準のデバイスに関する新規施策や導入を担当するデバイス企画室に所属しています。そのなかで私が主に携わっているのは、デバイスを活用した新しい仕組みや取り組みの企画と実装です。社員の使いやすさを大切にしながら、標準PCの改善や刷新を進める役割を担っています。

今回の生体認証の導入は、どんな背景から始まったのでしょうか?

一言で表すと、社員の利便性とセキュリティの向上のためです。
パスワード認証では、ログインのたびに入力する手間が発生します。また、職種によっては、社内システムや社内情報にアクセスする機会が少なく、標準PCを週に数度しか利用しない社員もいます。そのような場合、いざ利用しようとしたときにパスワードを思い出せず、サポート窓口へ問い合わせなければならないケースもありました。

パスワードを忘れたり、パスワードの打ち間違え等でアカウントがロックされたりすると業務が止まってしまいますし、社外ではたらく機会が多い職種では、パスワードの盗み見などのリスクにも配慮しなければなりません。ヘルプデスクには、パスワードの問い合わせが日々寄せられており、こうした社員やサポート部門の負担をなんとか減らしたいという思いもありました。

この取り組みは、鎌田さんの起案だったのですか?

「生体認証を導入しよう」という構想自体は、2023年頃から話には持ち上がっていたので、私がもともとの起案者というわけではありません。

当時、クラウド活用やセキュリティ強化に向けたさまざまな取り組みを進める計画がありました。しかし、そのための環境が整うまでには相応の時間を要します。そこで前段階として、PC管理システムを「従来のオンプレミス環境」と「クラウド」の両方に対応させる Microsoft Entra hybrid join *に対応した環境に移行し、し、生体認証のメリットを社員のみなさんにいち早く届けたいと考えました。

その構想をマネージャーに相談したところ「ぜひやろう」となり、このプロジェクトが正式に発足することになりました。

* Microsoft Entra hybrid join :オンプレミスとクラウドを組み合わせたデバイス管理・認証基盤

プロジェクトは、いつ頃から動き出したのでしょうか?

準備に着手したのは2024年の4月からです。生体認証の導入に必須なHybrid Microsoft Entra Joinの導入を終えて、10月ごろから生体認証に必要な設計構築やツール類の整備を進めました。
2025年6月からグループIT部門から利用を開始し、その後パーソルホールディングスのテクノロジー部門を皮切りに、ホールディングス全体、各SBUとグループ全体へと展開を広げいまに至ります。

2026年7月時点では、生体認証の利用は希望者のみですが、今期中には生体認証の必須化を開始する予定です。現在その準備を進めています。

会社支給スマートフォンなしでも可能にした本人確認の仕組みとは?

生体認証の導入によるメリットは、安全性や利便性の向上、管理側の省力化だけでしょうか?

パスワード入力には毎回数秒から10秒ほどかかりますし、離席して画面がロックされるたびに、再入力を求められます。生体認証を導入すれば、その時間を削減できます。1回あたりの時間はごくわずかですが、社員数を掛け合わせれば相当な工数になるのはいうまでもありません。

念のためプロジェクトを開始する前に試算してみたところ、グループ全体で大幅な工数削減効果が見込めることがわかりました。このプロジェクトはまさに「塵も積もれば山となる」取り組みといえるのではないかと思います。

このプロジェクトを進める上で難しかったことはなんですか?

本人確認の方法を確立するまでが大変でしたね。標準PCに他人の顔を登録できてしまっては、生体認証の意味がありません。そのため生体認証の設定前に「この端末を本人が使っている」ことを確認する必要があるのですが、この本人確認が大きな課題でした。

と、いうと?

本人確認には、一般にスマートフォンなどを用いて多要素認証を行うことが多いのですが、パーソルグループには会社支給のスマートフォンを持たない社員が約1万人います。さらに、私用のスマートフォンの業務利用を禁止している事業部門もあるため、スマートフォンを前提とした多要素認証だけでは対応しきれませんでした。そのため、このプロジェクトの一番の難関は「どのように本人確認を行うか」でした。

ベンダーが提供するソリューションでは実現が難しかったのですか?

そうですね。ベンダーやSIerにも相談したのですが、私たちが調査した範囲では、数万人規模にも対応でき、かつスマートフォンがなくても、安全に本人認証ができるソリューションは見当たりませんでした。

そこで、本人確認用の一時的なパスワードをヘルプデスク経由で手動発行する方法と、システムによって自動発行できる仕組みを自分たちで構築する方法を比較検討し、最終的に内製することに決めました。

選択の決め手はなんだったのですか?

ヘルプデスクが一時的なパスワードを手動発行する方法だと、本人確認や手続きに半日ほどかかったり、第三者に知られない形でパスワードを通知する必要があります。加えて、セキュリティの為パスワードには有効期限を設けていますが、もし多忙な社員が期限内に手続きを完了できなければ、再申請が必要となり利便性が損なわれます。

一方で、利便性を優先して有効期限を長く設定すると、今度はセキュリティ上のリスクが高まる可能性があります。こうしたユーザー体験とリスクを考慮した結果、自分たちでパスワードを自動発行できる仕組みを内製することにしました。

つくって終わりにしない。展開を推進するための数々の施策

開発はどのように進められましたか?

当時のデバイス環境とMicrosoft Entra IDの機能を踏まえ、会社支給のスマートフォンがなくても本人確認を実現できるのではないかという仮説を立てました。

まずは制約条件と要件をまとめ、私ともうひとり、生体認証の運用設計を一緒に進めていたパートナー企業のエンジニアとともに、互いの知識や考えを出し合い実現可能性を確かめながら開発を進めていきました。

開発フェーズでもっとも大変だったことはなんですか?

開発フェーズに入ってからは、事前に予想される課題は洗い出し対応してはいましたし、早い段階から関連部署とも連携していたので、予想外のトラブルに阻まれることはなかったですね。

強いて挙げるならば、本格的な検討をはじめてから方針が固まるまでにおよそ1カ月、そこからセキュリティ担当との合意形成までさらに1カ月ほどかかったことでしょうか。また、ツールを構築するうえで必要なMicrosoft Entra IDのライセンスの取得に多少時間がかかったことですね。

会社支給のスマートフォンがなくても自分でパスワードを発行できる仕組みは、具体的にどのように動くのでしょうか?

標準PCには、あらかじめ設定されている利用していいアプリケーションを利用者自身でダウンロードできる環境が用意されています。会社支給のスマートフォンを持たない利用希望者は、その環境からセルフサービス用のツールを選んでクリックするだけで、パスワードが発行される仕組みです。社員はそれを使って生体認証をセットアップすればOK。一般的な手動発行だと半日かかる手続きが、これならおよそ1分で完結します。これだけで1,600時間以上の時間削減が期待できる仕組みです。

つくった仕組みを社員に利用してもらうために、工夫されたことはありますか?

多くの社員にとって多要素認証含め生体認証のセットアップは馴染みがない作業です。会社支給のスマートフォンを持っているかどうかでやるべき作業も分岐するので、説明が複雑になりがちでした。

しかし、利用開始までのハードルが高いと感じられてしまっては、せっかくの仕組みも活用されません。そのため、従来の手順書やFAQに加えて、今回はじめてサポート動画を用意することにしました。

動画を作るにあたって、どんな点にこだわりましたか?

生体認証は、社員に実際に使ってもらってはじめて価値が生まれる取り組みです。
そのため、生体認証でサインインがどう変わり、どれだけ便利になるかを直感的に理解してもらえるようデモ動画も制作しました。

また、要点だけ知りたい人のための動画によるクイックガイドと、詳しい説明がほしい人のためのマニュアルを用意しました。それぞれのニーズに応じて情報を提供できるよう工夫し、複雑な作業をなるべくわかりやすく伝えるということにこだわりましたね。

動画を用意する以外で、もし工夫したことがあれば教えてください。

運用面で工夫したのは、従来人手に頼っていた問い合わせ内容の要約と分類を、新たに開発したAIエージェントに任せるようにしたことです。結果として慣れた担当者でも1件あたり2分ほどかかっていた問い合わせの要約と分類が、わずか20秒で50件の処理できるようになりました。対応スピードの向上に加えて、品質も一定に保てるようになりました。これも、社員からの問い合わせに迅速かつ適切に対応するための工夫のひとつです。

社員のみなさんには見えない努力があったのですね。

はい。そういう意味では、いかにセキュリティを担保しながら、利用者にはなるべく難しく感じさせないかということに配慮したつもりです。わかりにくい英語表記や技術的な言い回しを、なるべくシンプルでわかりやすい表記に改めた工夫が功を奏したのか、問い合わせ数は想定の半分以下に抑えることができました。私たちの努力が一定の成果につながったのではと実感しています。

生体認証の先に見据える、ゼロトラストセキュリティ対応

鎌田さんが今回のプロジェクトを通じて学んだことはなんですか?

改めて感じたのは、粘り強く課題に向き合う大切さです。

パスワードのセルフ発行については、冒頭にも申し上げた通り、手軽に利用できるソリューションが見当たらず内製を選択しました。しかし、開発に割けるリソースに余裕があったわけではありません。加えてグループ全社のセキュリティやガバナンス要件に準拠しなければ展開はできませんから、関係各所との合意を取る必要もありました。

要件定義から開発、さらには利用普及促進のための動画マニュアルづくりなど、やるべきことはたくさんあったので一筋縄ではいきませんでしたが、それでも諦めず前に進めたのは、生体認証の導入は、社員にとっても、会社にとっても、私たち管理・運用を担う側にとっても、やる意義のある取り組みであると確信していたからです。

今後の仕事に活かせる教訓も多そうです。

そうですね。たとえば、これまで10ステップ踏まなければ終わらなかった申請が1ステップで完了できれば、それは確実に社員の利便性向上につながります。それがひいては管理する側の業務不可の大幅な削減や、全体のコストの削減につながっていきます。

私の仕事は、社員が日々用いる標準PCをより使いやすく、便利にすることです。今後もこのプロジェクトで得た学びを今後の取り組みに活かしていきたいと考えています。

今後、どんなことに挑戦したいですか?

もうひとつは、AIの活用をさらに進めることです。
いま、AIエージェントに任せているのは、問い合わせ内容の要約と分類までですが、今後は原因分析から最適な対応策の提案までを担えるようにしたいですね。それが実現できれば、根本的な課題の発見や改善につながるだけでなく他の施策にも応用できると考えています。

また、働き方やIT環境が変化し続ける中で、利用者にはより高い利便性が求められる一方、セキュリティ要件もますます高度になっています。現在は次世代標準PCの検討にも取り組んでおり、今後も安全性と利便性を両立しながら、利用者にとってより快適なデバイス環境の実現に挑戦していきたいです。

取材・文=武田敏則(グレタケ)/撮影=山口修司(ファーストブリッジ)
※所属組織および取材内容は2026年7月時点の情報です。
※略歴内の情報は2026年7月時点での内容です。

Profile

鎌田奈緒子 Naoko Kamada

パーソルホールディングス株式会社
グループIT本部 セキュアインフラ部
デバイス企画室
リードコンサルタント

2016年、SIerに入社。インフラエンジニアとして、PCライフサイクルマネジメント(調達・展開・運用・保守・廃棄)に従事し、デバイス領域全般を担当。2023年、パーソルホールディングス株式会社へ転じ、グループIT本部 ワークスタイルインフラ部 ユーザーインフラ室に配属。グループ標準デバイスの次世代施策(生体認証等)の企画・推進および設計に携わる。2026年4月より現職。

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