営業プロセス全体を変革する「Sales AI」。パーソルグループが目指す「人×AI」の協働モデルとは?

いまパーソルグループの営業現場では、AI活用が単なる「個別ツールの導入」から「業務プロセス全体の変革」へと進化しつつあります。その変革の起点となっているのが、2025年度から活用がはじまった「Sales AI」です。
パーソルホールディングスのAI推進部で営業領域におけるAI活用を推進する鈴木に取り組みの背景と、商談データの分断・属人化という深い課題にどう向き合おうとしているのか、詳しく聞きました。
インパクトの大きな営業領域から着手。経済合理性から内製を選択
現在の業務内容と役割を教えてください。
グループAI本部 AI推進部は、その名が示す通りグループ横断でAIを活用し、事業推進・事業変革を担うことをミッションとした組織で、私はシニアストラテジストとして、各社の業務やAI戦略、DX戦略を読み解き、費用対効果を踏まえ売上やコスト削減につながる企画を立てる仕事を担当しています。
なぜ営業領域でAI活用を推進することになったのでしょうか?
人材サービス業界は、顧客対面業務の比率が非常に大きい業界です。なかでも法人営業と求職者と接するキャリアアドバイザー(CA)は、対面する相手は違っても「要望を聞き、解決策を考え、提示する」というプロセスに大きな違いはありません。そこで、AIによる効率化のインパクトが出しやすい営業部門をターゲットに、顧客データや営業データの精緻化と、AIの活用で営業業務の標準化や高度化につなげる施策の両軸でプロジェクトを進めることになりました。
営業現場ではどのような課題があったのでしょう?
担当者が辞めてしまうと営業のノウハウが失われてしまうという悩みは、グループ各社の営業現場共通の課題でした。もちろん各社の営業部門には商談管理の仕組みがすでにありますが、情報の収集や入力は人を介すため、内容の粒度にどうしてもばらつきがあり、引き継ぎ漏れや商機を逸してしまうことが少なくありません。
こうした状況下でいくら優れたAIツールを導入したとしても、投資コストに見合うだけの効果は得難いため、有益なAI活用施策を検討・検証するのと並行して、データ環境の整備をはじめました。
どのような方針で開発を進められたのでしょうか?
営業プロセスに多くの共通点があるものの、グループ各社が重視するポイントはさまざまです。各社共通で営業プロセスのコアとなる業務支援策はわれわれが主体となってとりまとめてグループ内で内製し、共通化が困難な業務に関しては各社のニーズに合わせてカスタマイズすることにしました。目指していたのは「営業プロセス全体でAIと人が協業する」活用スタイルです。
SaaSを選ばなかったのはなぜですか?
たしかに社内でも議論がありました。結果的に、無駄な投資を避け、業務ニーズにフィットしたサービスを提供するため内製化を選択しました。
SaaSは初期投資が少なく導入こそ簡単ですが、個別業務への適合には限界があります。実際、営業現場に足を運んで話を聞くと、SaaSでは、細かい部分で現場の要望に応えきれない部分が少なくないことがわかったことも理由のひとつです。
開発コストが増しませんか?
意外かもしれませんが、減価償却期間を5年とし、グループの開発会社に依頼してスクラッチ開発した場合と、SaaSを導入した場合でコスト比較をしたところ、スクラッチ開発のほうがコスト面でも一定の優位性があるという結果でした。パーソルグループの営業組織は全体で5,000人程の規模なので、SaaSのライセンス費用はそれなりの額になります。シングルサインオンなど社内システムとの連携を含めたセキュリティ要件に応えるには、社内体制に精通した開発リソースの確保が不可欠です。
とくにパーソルグループは、商談・面談業務が業務に占める割合が大きく、現場に馴染まないツールを導入してしまうリスクは冒せません。コストはもちろん、セキュリティやガバナンスのリスク、使い勝手のよさを総合的に判断し、内製によるスクラッチ開発を選択しました。

劇的な時間削減効果と、ハイパフォーマーも認めるAIの効能
「営業プロセス全体でAIと人が協働する」とのことですが、具体的にどのような機能を備えているのでしょう?
実証実験を経て、現時点で実装済みの取り組みとしては、商談・面談音声を自動記録し、AIによって要約、構造化してSFA(Sales Force Automation)やCRM(Customer Relationship Management)システムに連携する機能や、AIと音声で直接やり取りしながら、商談・面談をシミュレーションし、評価結果をレーダーチャートで可視化するロープレ機能などがあります。
現在、実証実験を進めている調査分析AIでは、企業の基本情報や業界・競合情報、関連ニュースなどを収集・分析してレポート化するほか、過去1年分の接点情報、売上データ、提案実績などの社内データを集約し、顧客の状況を一目で把握できる機能を検証しています。
また、将来的なエンハンスとして、商談・面談中のリアルタイム要約や確認ポイントの提示、トークシナリオや提案書の下書き作成、商談ログを活用したロールプレイング機能などの実装も検討しています。
今期から現場のニーズが大きいものや効果が期待できるものから、順次実装されることになります。
現時点での成果について教えてください。
いくつか例を挙げますと、商談後のまとめや要約、システム登録まで10分から20分かかっていた作業時間が、AIの導入で5分以内にまで短縮されました。こうした細かな改善により、グループ全体で年間、数千時間から数万時間の作業時間削減と数億円レベルのコスト削減ができる見込みです。
さらに、私たちが目指しているのは効率化だけではありません。蓄積されたデータを活用しながら、経験や勘に頼らないデータドリブンな営業スタイルへと変革を進め、最終的には成約件数の増加につなげていきたいと考えています。
プロジェクトを通じて難しかったのはどんな点ですか?
先ほども触れましたが、大まかなくくりでは同じ営業プロセスでも、詳しく見ていくと業務の細かい手順や優先順位は各社で異なる点がたくさんあります。商談記録のフォーマットを統一するといっても各社で異なる仕様なので、機能の仕様を詰めるまでに1年は費やしました。
営業の標準化、効率化を目指すとはいっても、そのプロセスをAIに都合のいい形で固めてしまうと、かえって営業効率を下げてしまいかねませんし、使い勝手がよくないと想定にない使われ方が定着してしまい、未知のリスクを誘発してしまうかもしれないからです。ですから、各社で標準化しても差し支えない部分と、カスタマイズしてでも現場のやり方を踏襲すべき部分の切り分けについては、とくに慎重に行いました。
各社の現場を巻き込みながら進める上で心がけたことを教えてください。
とにかく現場の意見に耳を傾けることですね。商談内容をAIがどう要約するかは、現場感覚がないわれわれだけでは、どうしてもチューニングに時間がかかってしまいます。そのため各社の業務や営業プロセスに精通する現場担当者にプロンプトチューニングに協力してもらうためにも、積極的に現場の意見に耳を傾けるよう心がけました。
法人営業やCAの反応はいかがですか?
当初から、商談の見える化や営業効率の向上により、経験の浅い若手や伸び代のある中堅層の売上アップや業務負荷の削減といった効果は期待していたのですが、各社で売上の上位を占めるハイパフォーマーからも有益という評価を得ています。ハイパフォーマーはどうしても、過去の成功体験に依存しがちですが、AIが客観的なデータに基づいて「リスクの指摘」や「商材の追加提案」を示唆できたら、自らの先入観に気づいたり、新たな視点を得たりすることもあります。
実際、実績豊富なハイパフォーマーから「さらなる営業力向上につながるかもしれない」といった、前向きな反応をいただいたことがありました。現場に寄り添ったAI活用は、トップとボトムのスキル格差を縮めるだけでなく、トップラインのさらなる向上にも効果があるのではと期待しています。

AIの位置づけを「アシスタント」から「バディ」に高めたい
今後、「Sales AI」をどのように進化させていきたいと考えていますか?
いまのところCareer SBU、Staffing SBUを中心に活用の輪が広がっていますが、今後は商談以外の顧客接点業務やBPO SBUなどでも利用できるようにしていきたいと思っています。また、機能面では、各分野のハイパフォーマーたちの暗黙知をデータから割り出し、AIエージェントに移植して、法人営業やCAが対話しながら次の行動を促すような機能を実装したいですね。
営業まわりの雑多な業務を代行してくれる「アシスタント」にとどまらず、人間と協業する「バディ」へと進化させることが、当面の目標です。
鈴木さんが大切にしているAI開発の基本方針やポリシーを改めて聞かせてください。
一言で表すと「最後は人間が決める」ことを前提にしたAI活用です。AIはどこまでいっても、人間を後ろから支える優秀な「バディ」である以上、効率化と安全性と同じくらい、AIが出した結果に対する根拠を明らかにする「説明可能なAI」でなければなりません。
Sales AIには、今後もさまざまな機能が実装されることになりますが、安全かつ便利に利用するためにも、ハルシネーション対策やセキュリティ対策に力を注ぐのはもちろん、いつでも出典や根拠に立ち返ってお客様に説明できる仕組みづくりにも注力しなければと考えています。
鈴木さんは、「Sales AI」を通じて、どのような価値を社会に届けたいですか?
AIが客観的な分析や効率性の面で高い能力を発揮するからといって、安易にすべての業務を置き換えてしまったら、お客さまがパーソルグループを選ぶ理由も失われてしまいます。どこまでAIに任せるべきかは、今後の社会情勢や技術の進歩によって変わるとしても、人材サービスに携わる以上、やはり人間が業務の主体であり、フロントに立つべきだというのが私の持論です。
スピードや効率を重んじるあまり、パーソルならではの温かみのあるサービスの価値を毀損してしまわないよう、これからも「最後は人間が決める」ことを前提に、お客さまや従業員にとってよりよい価値を提供することを念頭に、バランスの取れたAI活用を模索し続けたいですね。
取材・文=武田敏則(グレタケ)/撮影=山口修司(ファーストブリッジ)
※所属組織および取材内容は2026年7月時点の情報です。
※略歴内の情報は2026年7月時点での内容です。
Profile
鈴木亮 Ryo Suzuki
パーソルホールディングス株式会社
グループAI本部 AI推進部 AI企画室
シニアストラテジスト
Web制作・マーケティング支援会社で企画・制作領域に従事した後、事業会社でサービス企画や事業開発、営業DX、データ活用推進などに携わる。2025年にパーソルホールディングスに入社し、グループ横断でのAI活用プロジェクトを推進している。