AI活用を加速させるために――「AIプロダクト開発ガイドライン」策定の舞台裏

Profile
関悠一 Yuichi Seki
パーソルホールディングス株式会社
グループWork Style本部
ビジネスITアーキテクト部
テッククオリティ室
室長
フリーランスや独立系SIerのインフラエンジニアなどを経て、2022年8月にパーソルプロセス&テクノロジー(現パーソルクロステクノロジー)に入社。パーソルホールディングス内のITインフラ環境運用保守に従事する。2025年4月にパーソルホールディングスに転籍。現在はITガバナンスの策定やサーバー管理の自動化ソリューションの導入に携わっている。2026年4月より現職。
都築政則 Masanori Tsuzuki
パーソルホールディングス株式会社
グループWork Style本部
ビジネスITアーキテクト部
テッククオリティ室
シニアコンサルタント
2006年よりシステム開発領域に従事。業務システム開発の経験を経て、2018年から品質保証領域へ転身。以降、品質保証組織の立ち上げや品質標準の整備に携わる。2025年12月にパーソルホールディングスへ入社。現在は組織横断で品質を支援する体制づくりやガイドラインの策定・定着支援に携わり、AI活用領域での品質確保に取り組んでいる。
生成AIやAIエージェントの活用が広がる中、AIプロダクトの企画や品質評価、次工程へ進む判断には、従来の基準だけでは整理しきれない場面が増えています。
パーソルホールディングスでは、こうした課題に向き合うため、AIプロダクトの構想から運用・利用終了までを支える「AIプロダクト開発ガイドライン」を策定しました。
今回は、ガイドライン策定を推進した関と都築に、AIプロダクトならではの判断の難しさをどのように整理したのか、また実際に現場で活用されるものにするために何を重視したのかを聞きました。
同じ問いでも答えが変わるAIに、どう向き合うか。活用拡大を見据えた判断基準づくり
まずは、AIプロダクトを開発・運用するうえで、従来のシステム開発とは異なる難しさについて教えてください。
関
従来のシステム開発では、「この入力に対してはこの結果が返ってくる」という期待値を比較的明確に設定できます。一方で生成AIは、同じ問いに対しても生成時の設定や与えられた文脈などにより異なる回答が出力されることは珍しくありません。さらに、利用するモデルや周辺のプロセスが変化することで、これまで期待通りに動いていたものが動かなくなる可能性も含んでいます。
そのため、従来のシステムと同じ感覚・考え方では管理しきれません。次の工程へ進んでよいのか、どの状態をもって完了と判断してよいのかも曖昧になりやすく、品質のばらつきが生まれやすいと感じていました。
そうした状況に対して、なぜガイドラインを整備しようと考えたのでしょうか?
関
今後、AI活用がさらに本格的に広がる前に、共通の判断基準を用意しておく必要があると考えたからです。
AIの変化・進化スピードは非常に速く、新しい技術や活用方法が次々と登場しています。この先課題が発生するたびに一つずつ個別対応していては、新たな変化に追いつけずその場しのぎの対応になりかねません。
そこで、開発の各段階で何を確認し、どのような視点で判断すべきかを整理し、AIプロダクト開発に関わる人たちが迷わず進められるように、構想から運用までの道筋をあらかじめ示しておきたいと考えました。
以前から、共通のガイドラインや判断基準の重要性は感じていたのでしょうか?
関
パーソルグループが複数の会社の統合を経てきた背景が関係し、この規模の組織において、共通のガイドラインや判断基準ではなく、判断が個々の経験や知識に左右される場面があることには課題意識がありました。
開発工程ごとに判断基準が異なると、最終的な成果物の品質にも差が生まれます。特に、AIは不確実性が高いため、個々の経験や感覚だけに頼ってしまうとその差はさらに大きくなってしまうと考えました。

関
品質を安定して担保できなければ、システムやプロダクトは結果的に十分に利用されず、それまでの投資も期待した成果につながりません。ガイドラインは、それを実現するための共通言語であり、品質を支える土台になるものだと考えています。
ルールで縛るのではなく、現場が迷わず進めるために設計したAIプロダクト開発ガイドライン
実際にAIプロダクト開発ガイドラインをつくるにあたり、どのように進めていったのでしょうか?
関
最初に取り組んだのは、AIが従来のシステムと何が違うのかを整理することでした。AIは出力や挙動を一律に定義しにくく、これまでの開発知識や経験だけでは判断しきれない場面があります。そのため、まずはAIプロダクト特有のリスクや判断軸、品質をどのように捉えるべきかを整理し、必要な考え方を調査するところから始めました。
都築
品質については、ISO/IEC 25000シリーズをはじめとする国際規格の考え方を参考にしています。また、海外で公開されているAI関連のガイドラインやフレームワークも確認しながら、パーソルグループの開発現場で活用できる形へ落とし込んでいきました。
従来の開発ルールや品質基準と比べて、AIプロダクト開発ガイドラインをつくる際には何が大きく異なっていましたか?
都築
一番大きかったのは、ガイドライン自体も変化し続ける前提に設計する必要があったことです。従来の開発ルールや品質基準は長年の知見の積み重ねによって確立されており、一度定めれば、数年単位で大きく変わらないものも少なくありません。
一方で、AIを取り巻く環境は非常に変化が速く、技術の進歩によって求められる考え方や評価観点は短期間で変わる可能性があります。さらに最近では、AIプロダクトのコーディングやテスト、レビューなど、開発工程の一部をAIエージェントが支援したり、実行したりする流れも出てきています。
人が進めるよりも速く変化する領域だからこそ、その変化に追従しながら活用できるガイドラインとして設計することを重視しました。

現場で実際に使われるガイドラインにするため、どのような点を意識しましたか?
関
私たち自身、開発者だったときは、目的や必要性が見えにくいガイドラインに対して、負担を感じることもありました。そのため、開発現場が必要性を理解し、納得して活用できるものにすることを意識しました。
都築
そこで重視したのは、実際の業務やプロジェクトの中で役立ち、判断に迷ったときの拠り所になることです。AIプロダクト開発ガイドラインを活用することで、なぜその判断をしたのかを関係者に説明しやすくなります。また後から振り返った時にもどのような考え方・経緯でその判断に至ったのかが明確になります。
ガイドラインは、AI開発を細かく縛るものではありません。判断に迷う時間を減らし、安心して次の工程に進められるよう支援するものです。その結果として、AI活用を円滑に進め、品質を高めることにつながると考えています。
パーソルグループにはすでにAIの基本方針があります。AIプロダクト開発ガイドラインはどのような位置づけになるのでしょうか?
関
AI基本方針は、グループ全体で持つ大きな考え方を示すものです。一方で、今回のガイドラインは、AIプロダクトの開発に踏み込み、どのように企画し、何を確認し、どの基準で判断するのかを現場で使える形に落とし込んでいます。
基本方針がグループとしての方向性を示すものだとすれば、ガイドラインは、実際のAI開発現場や運用の中で迷わず判断するための指標です。

AIを使うべきか、何をもって品質とするか。AIプロダクトを支える5つのガイドライン
AIプロダクト開発ガイドラインの策定において、全体をどのような考え方で設計したのでしょうか?
都築
従来のシステム開発では、要件定義から設計、構築、テスト、リリースへと、工程が順に進みます。一方で、AIプロダクト開発においてはデータやモデルの評価結果を踏まえ、各工程を何度も行き来しながら検証を重ねることが少なくありません。
そこで私たちは、AIプロダクトの構想から利用終了までを俯瞰できる「AIプロダクトライフサイクル」を起点に、「製品選定・PoC」「品質評価」「開発ライフサイクル」「開発チェックリスト」の各ガイドラインを整備し、AI開発に必要な判断軸を体系的に整理しています。
これら5つのガイドラインは、それぞれが独立した資料ではなく、AIプロダクトやAIエージェントの開発を進める際に、企画から運用まで一貫した判断ができるよう相互に連携する形で設計しています。
ガイドラインを整理する中で、難しかった点を教えてください。
都築
特に難しかったのは、どこまで到達したら次の工程に進んでよいのかという判断基準を定めることです。生成AIは必ずしも一つの正解を返すものではないため、従来のシステム開発のように、期待値と結果を単純に照らし合わせるだけでは評価しにくい場面があります。
関
そこで、私たち自身で実際に小規模なAIを試作し、実際の開発プロセスを体験しながら検討を進めました。どの場面で判断に迷うのか、何を決めておかなければならないのかを一つひとつ洗い出し、二人で議論を重ねながらガイドラインに必要な要素を組み立てていきました。

製品選定・PoCガイドラインでは、どのような判断を支援しているのでしょうか?
関
重視したのは、AIを使うべきかどうかを見極めることです。AIを活用すれば必ず効率が上がるわけではありません。処理内容やルールが明確に決まっている業務であれば、従来型のシステムで実装したほうが、効率や正確性の面で適している場合もあります。
都築
コストも重要な判断材料です。AIは利用するたびに処理コストが発生する場合があり、導入後の運用や利用者の習熟のための教育にも一定の負荷がかかります。
そのため、「AIで担う部分」「既存システムで担う部分」「人が判断する部分」を分解して考え、どこでAIを使えば効果が発揮できるのか、逆にどこは人間が担うべきかを判断できる基準を整備しました。
品質評価ガイドラインでは、AIプロダクトの「品質」をどのように捉え、評価できる形にしていったのでしょうか?
関
まず整理すべきだったのは、何をもって「品質を満たしている」と判断するかという点です。AIプロダクトは不確実性を前提に扱うため、回答精度だけでは品質を評価することはできません。そこで、精度に加え、さまざまな観点での品質の評価軸を定める必要がありました。
都築
具体的には、実際の業務で活用できるか、回答を信頼できるか、安全に利用できるか、利用者にとって価値があるかといった観点を設けています。単に合格・不合格を判断するのではなく、どの程度の品質レベルに到達しているのかも把握できるようにしています。
特に重視したのは、PM(プロダクトマネージャー)や開発担当者、業務部門など、立場の異なる関係者が、共通の評価軸に基づいて品質を評価できるようにすることです。そのため、テスト設計や評価の場面でも、どの観点で確認し、どのように評価するのかを具体的な指標として示せるようにしました。
変化するAIに追従するために。現場とともに更新し続けるAIガバナンスへ
AIプロダクト開発ガイドラインを公開した今、どのような難しさが見えてきていますか?
関
現在の課題は、まずガイドラインの存在を知ってもらい、実際に開発現場で活用してもらうことです。ガイドラインは公開しただけで自然に活用されるものではありません。
そのため、どのような場面で活用できるのか、活用することで得られるメリットを具体的に伝えていく必要があると考えています。
これからどのように利用を広げていこうと考えていますか?
都築
説明会などを通じて、ガイドラインの目的や活用場面を知ってもらうことから始めます。そのうえで、実際に活用した人たちの声や課題を収集しながら、必要な施策を検討していきたいと思います。
関
今は地道に広げていく段階です。ただ、それだけでは十分に浸透しないケースもあります。その場合は、開発プロセスの中にガイドラインの確認を組み込み、一定基準を満たしていなければ次の工程に進めないような仕組みも選択肢の1つになると思います。
都築
もちろん、最初からルールとして強制したいわけではありません。まずは、使うことで判断しやすくなる、関係者との認識を合わせやすくなる、プロジェクトを進めやすくなるといった価値を感じてもらい、実際の業務の中で機能する形にしていきたいと思います。

AIそのものが変化し続ける中で、ガイドラインをどのように扱う必要があると考えていますか?
関
AIが変化する以上、ガイドラインも継続的に見直していかなければなりません。利用者からレビューをもらい、内容を見直し、改めて公開する。その循環を前提にしておかなければ、すぐに実態と合わなくなります。
都築
ガイドラインの更新は、単に内容を直すことではありません。利用者がAIへの理解を深め、判断力を高めていく機会にもなります。ガイドラインは、まだ完成形ではありません。ガイドラインと利用者が一緒に成長していくことで、組織全体のAI活用力を底上げしていきたいと考えています。
最後に、今回策定したガイドラインを通じて、AI活用をどのように広げていきたいと考えているか教えてください。
関
現在このガイドラインの対象としているのは、私たちの部門が関わるAIエージェントやAIプロダクトです。ただ、そこで扱っているのは人事や財務など、グループ全体に関わる業務領域でもあります。そのため、まずは現場で活用しながら内容を磨き上げ、将来的にはパーソルグループ全体で活用できるものへと発展させていきたいと考えています。
AIの活用領域が広がれば、業務の進め方やはたらき方そのものも変わっていきます。時代・技術の変化に合わせて更新しながらこのガイドラインを育てていきたいと思います。

ありがとうございました!
取材=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/文=嶋田純一/撮影=山本嵩(PalmTrees)
※所属組織および取材内容は2026年5月時点の情報です。
※略歴内の情報は2026年5月時点での内容です。