約400名の自発的な挑戦を引き出す。「トラテク」が加速させたAIエージェント活用

Profile
齊藤玖美子 Kumiko Saito
パーソルホールディングス株式会社
グループWork Style本部
ワークスタイルテクノロジー部
ワークスタイルEX室
シニアコンサルタント
金融系SIerでインフラSEを経験後、2018年にパーソルキャリアに入社。ITリサーチグループにて全社のIT高度化に向けた技術検証やIT関連プロジェクトの支援、コミュニケーションツールやチャットボットなどITツールの企画から導入・展開を担当。2024年10月パーソルホールディングスへ転籍。パーソルグループ全体のはたらく環境の体験価値向上を目指し、現在は社員向けのAI展開戦略・企画を担当中。
西川滉一 Koichi Nishikawa
パーソルホールディングス株式会社
グループIT本部 GIT本部企画部
GIT本部企画室
リードコンサルタント
2020年 パーソルホールディングスに新卒入社。KRaFTチームにて開発メンバーとして運用業務および機能エンハンスを担当。併せてスクラムマスターとしてチームコンディションの改善に取り組み、健全な開発体制の構築を推進し現在に至る。
西翔平 Shohei Nishi
パーソルホールディングス株式会社
グループAI本部 AI推進部 AI企画室
リードコンサルタント
2018年にパーソルホールディングスへ新卒入社。グループ共通のAWS基盤の企画・運用を担当した後、オンプレミス基盤チームでスクラムマスターとして開発組織の運営を支援。並行して、グループ向け監視基盤の企画・運用プロジェクトではプロジェクトマネージャーを務める。2023年からはインフラCoE(Center of Excellence)チームに所属し、スクラムマスターとしてグループ全体のインフラ活用・運営高度化を推進している。
現在はAI企画室デジタル企画チームに所属しグループ内のAIプロダクト開発に従事。
生成AIの利用が広がる一方で、AIエージェントを業務改善や新たな価値創出につなげるには、ツールを導入するだけでは十分ではありません。パーソルホールディングスのテクノロジー部門でも、生成AIを日常業務で活用する動きは広がっていたものの、自らAIエージェントを開発し、業務に組み込んで活用する人はまだ一部に限られていました。
そこで始まったのが、「Try Wizard Tech Quest」、通称「トラテク」です。テクノロジー3部門の約400名を対象に、AIエージェントの開発や業務改善への活用に挑戦してもらう体験型の取り組みとして立ち上がりました。
取り組みを主導する齊藤、西川、西の3名に、立ち上げの背景や現場を巻き込む工夫、活動の中で見えてきた課題、そしてその先に見据える次の挑戦について聞きました。
テクノロジー部門のAI活用を前に進める。組織を越えた有志から始まった「トラテク」
まずは、今回のプロジェクトを立ち上げた背景を教えてください。
齊藤
パーソルホールディングスのテクノロジー部門では、以前からAI活用を推進する方針が掲げられていました。ただ、実際には「時間がない」「何からはじめたらよいのかわからない」といった理由から、AIエージェントを業務で活用する人は限られていました。
私たちはグループ全体のAI活用をリードする部門である以上、まずは自分たちが実践し、その過程で得た知見や事例を発信することで、グループ全体の活用をけん引していきたい。そうした思いから企画したのが「Try Wizard Tech Quest(トラテク)」です。
企画を立ち上げるにあたって、大切にしていたことは何ですか?
齊藤
「楽しくやる」という感覚を大切にしていました。仕事として「AI活用を進めてください」と言われると、どうしても義務感が先行してしまいます。また、同じ課題感を持つ人がいるなら、組織を越えて一緒に取り組めばいいとも考えていました。
そこで、一緒に楽しんでくれそうな西川さんや、「自発的に動く組織をつくりたい」という思いに共感してくれた西さんに声をかけました。
仕事だからやるのではなく、自分たちがやりたいからやる。そのほうが、活動そのものだけでなく、組織の変化まで自分たちで生み出せると思ったんです。
西川さんと西さんは、どこに魅力を感じ、参加しようと思ったのでしょうか?
西川
私自身、仕事だけでなくプライベートでもAIに触れる中で、「もっと生産性を高められるのではないか」という可能性を感じていました。
そうした課題感が齊藤さんの考えと重なったことに加えて、このプロジェクトで得られる経験や知見は、自分の組織にも還元できると考えたんです。また、以前から齊藤さんの「面白さを大切にする」仕事の進め方にも興味があり、企画段階から楽しんで参加していました。

西
齊藤さんと西川さんが新しい活動を進めていることを知り、興味を持ちました。私自身もテクノロジー部門の交流を増やすことや、現場一人ひとりが当事者意識を持つことを掲げていたので、「盛り上げない手はない」と思って参加を決めました。
また、私は物事を型にはめて考えがちなところがあるのですが、この取り組みは「どう進めるか」ではなく「どんな状態を実現したいか」という観点から考えていく点が新鮮でした。自分自身の考え方の幅を広げるきっかけにもなるのではないかと感じたことも、参加した理由の一つです。
楽しさと可視化で「自ら動く」を引き出す。AIエージェントを“魔法”に見立てた体験設計
トラテクは、どのような考え方で設計したのでしょうか?
西川
コンセプトは、「AIを活用して自分の業務を劇的に改善しませんか?」という問いです。体験型のイベントを通じて、一人ひとりの業務改善はもちろん、テクノロジー部門全体の価値創造につなげたいと考えました。
活動の意義として整理したのは、「パーソルグループのAI活用をリードする」「効率化から価値創造へ進む」「挑戦する文化を育てる」「部門を横断して協力する」の4点です。これらを軸に、毎晩のように議論を重ねながら、企画を具体化していきました。
その中でも、特に重視した点を教えてください。
西川
まずは、運営する私たち自身が率先して挑戦することです。同時に、一部の人だけを対象にするのではなく、約400名のテクノロジー部門全体に広く参加の機会を設けることも大切にしました。
というのも、私たちが気づいていないだけで、同じ課題意識や「こんなことを実現したい」という思いを持つ人がいるはずだと思っていたからです。そうした人たちがともに一歩踏み出せる場にしたいと考えていましたね。
齊藤
私が強く意識したのは、「自分ごと化して、自ら動く」ことです。AIは、実際に触れて体験しなければ、結果としてなかなか業務改善には結び付きにくいと思っています。だからこそ、「自分たちで変えていこう」という感覚をもとに、その一歩を後押しできるような企画にすることを重視しました。
その考えを、具体的にはどんな取り組みに落とし込んだのでしょうか?
齊藤
トラテクでは、AIエージェントの開発を「魔法学校のイベント」に見立てました。スキルを習得する、AIエージェントを開発する、業務時間を削減する、削減できた時間を価値創出につなげる。そうした取り組みや成果に応じてイベント内でカードを獲得できる仕組みとしました。
また、開発の相談ができるイベントへの参加など、挑戦の過程に応じて獲得できるカードも用意しました。開発するAIエージェントの規模は問わず、小さな成功体験を積み重ねられるよう工夫しました。さらに、個人や部署のごとの状況を確認できるアプリを展開し、獲得したカード枚数を部署単位で競える仕掛けも取り入れましたね。

こうした仕掛けは、どんな狙いがあったのでしょうか?
齊藤
単に「AIエージェントを開発しましょう」と呼びかけるだけでは、なかなか動き出しにくいものです。私たち自身も楽しく取り組みたいですし、参加する人にも「面白そうだからやってみよう」と思ってもらいたいと考え、ゲーミフィケーションの要素を取り入れました。
西川
加えて、可視化の要素ですね。誰が勉強会に参加し、何をつくり、それによりどんな効果につながったのかが見えなければ、組織の熱量や現在地を把握することはできません。取り組みの広がりを形にすることも重要な狙いとしました。
西
私はこの企画設計がある程度形になった頃から参画しましたが、特に印象的だったのは見せ方の巧みさです。活動そのものが目に留まりやすくなり、組織内で取り組みの認知が広がっていきました。そのことが、多くの人を巻き込みながら現在まで活動が継続できている一つの理由であると感じています。
「賛同」と「行動」は必ずしも一致しない。伴走から見えたAI活用定着のリアル
トラテクをスタートした後、参加者を巻き込むうえでは、どんな進め方をしたのでしょうか?
齊藤
昨年10月、テクノロジー部門のキックオフでトラテクを紹介し、その後も各部門の部会やTeamsなどで継続的に発信してきました。
参加はあくまで任意で、義務化はしていません。一定人数に参加してもらいたいという内部目標はありましたが、それ以上に自主性を重視していたためです。
西川
人数だけを集めるのであれば、もっと簡単な方法はあったと思います。ただ、強制しても長続きしません。やはり、「面白そう」「自分もやってみたい」という気持ちを持ってもらうことが重要だと考えていました。
参加者が実際にAIエージェントを形にしていくために、どんな支援をしていたのでしょうか?
西川
最初の勉強会では、「何から始めればよいのかわからない」「エージェントをどうつくればいいのか」「やりたいことをどう形にすればいいのか」といった悩みを持つ人を対象に、AIエージェント開発の基本から支援しました。
その後も、2週間に1回ほどのペースで勉強会を開催し、困りごとがあれば相談してもらえる場を設けました。そこで得た知見やノウハウをもとに参加者自身がAIエージェントを開発し、開発したものを私たちが集める。そうしたサイクルを繰り返しながら活動を進めていました。
実際に取り組んでみて、想定と違った点や新たな発見はありましたか?
西川
想像以上に、熱い思いを持っている人が組織の中にいることがわかりました。それまで接点のなかった人とも話すようになり、その後も相談を受けたり、その人自身がAIエージェントを開発し、業務改善の成果を出したりするケースが増えています。
西
一方で、強く賛同する人と、実際に手を動かす人は必ずしも一致しないという発見もありました。
マネジメント層やリーダー層には前向きに賛同してくれる人が多くいますが、実際にアウトプットする人とは一致しないことがあります。逆に、それほど関心が高いように見えなかった人が、数多くのAIエージェントを開発するケースもありました。
だからこそ、まだ活動に参加していない人へのアプローチと、関心があり、賛同してくれるもののまだ行動に移せていない人への、アプローチは分けて考える必要があるとも感じています。
そうした発見から、どんなことが見えてきましたか?
西
AI活用が組織に浸透するまでにはいくつかの段階があり、人によってつまずくポイントも違います。自分でAIエージェントを開発することはできても、周囲への展開に苦労する人もいれば、活用したい気持ちはあっても、時間を取れない人もいます。
昨年度の活動を通じてそうした違いが見えたことで、「次に何を支援すべきか」を具体的にイメージしやすくなりました。その気づきが、今年度の新たなトラテクにもつながっていると確信しています。

「そもそも、このプロセスは必要か」まで問い直す。AI活用から業務変革へ進む次の挑戦
ここまで活動を続けてきて、どんな手応えを感じていますか?
齊藤
テクノロジー部門である以上、一人ひとりがAIを活用できる状態を目指す必要があります。その中で、スキルの習得だけでなく、「みんなでAIを使っていくぞ」という雰囲気をつくれたことは大きかったと思います。
西川
活動を始めた頃は、AIエージェントを開発できる人は組織の中でも一部に限られていました。それが、今では、誰が関心を持ち、何をつくり、どんな成果につながっているのかまで組織内で共有できる仕組みが整ってきました。
「AIエージェントを業務に活かそう」という意識が少しずつ広がり、部長以上の方からも継続を後押しする声をもらえたことは、成果の一つだと捉えています。
活動を続ける中で、運営する皆さん自身にはどんな変化や学びがありましたか?
齊藤
周囲からの反響が大きくなるにつれ、「成果を出さなければ」と考えすぎた時期がありました。その結果、いつものITプロジェクトのように計画や施策を固める方向に寄ってしまい、自分たちらしさが薄れてしまったんです。そこで3人で率直に話し合い、「自分たちがやりたいことをやろう」という原点に立ち返りました。
本部長たちも、私たちがやりたいことを支えるスタンスで見守ってくれました。期待に応えようとすることは大切ですが、その中でも「何をやりたいのか」自分たちの意思や目的を見失わないことの大切さを学びました。
西川
自分たちが心からやりたいと思うことが、活動を続けるエネルギーになっています。もちろん組織が求めることとの接続は意識していますが、その実現方法については自分たち次第です。
現場にいる私たち自身が、「どうすれば本当に浸透するのか」を考え、試行錯誤しながら形にしていける環境が、トラテクの取り組みに合っていたのだと思います。

最後に、これから取り組んでいきたいことを聞かせてください。
西川
現在は、AIを活用した個別の業務改善にとどまらず、「業務プロセス自体をどう変えるのか」という段階に踏み込んでいます。実際に業務を担う人たちの共感や協力を得ながら、構想を具体的に形にしていくことが次の課題です。これからも、「私たち自身が楽しむ」ことを忘れずに取り組んでいきます。
西
今後は、この文化を途絶えさせないことが重要だと考えています。トラテクのような、本部を越えた有志の活動が組織の変化を生み出し、企業文化をけん引していく。その流れを今後もつなげていきたいと思います。
齊藤
AIを使うこと自体を目的にせず、AIをきっかけにはたらき方そのものを見直す。そのための視点や挑戦する姿勢を、私たちが先頭に立って示していきたいと思います。

ありがとうございました!
取材=伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/文=嶋田純一/撮影=鳴嶋由紀
※所属組織および取材内容は2026年10月時点の情報です。
※略歴内の情報は2026年10月時点での内容です。